ザルツブルグからの便り

オーストリア旅行中の母から絵葉書が届きました。

写真の可愛いピンク色の建物はモーツァルトが1773年(17歳)からウィーンへ引っ越す1781年まで住んでいた住居です。ここで200曲ほどの作品が生まれました。

ゲトライデガッセにある生家では人を迎える機会の多いモーツァルト一家には手狭となり、8つのお部屋からなるこのお家に引越したようです。1778年にモーツァルトのお母さんは他界し、姉のナンネルは1784年にSt.Gilgenに嫁ぎ、父のレオポルドは1787年にこの住まいで生涯を閉じました。それ以降は、所有者が幾度となく変わりながらも建物はありましたが、1944年10月16日第2次世界大戦の空襲によって、建物の3分の2は破壊されてしまいました、1955年に建物の残存部分を国際モーツァルテウム財団が取得し、破壊された部分は財団が事務所として建設され、1989年には財団が所有することになる。これを機に、昔の設計に基づいて再建築され1996年1月26日(モーツァルト生誕240年イブですね)に再建を祝ってオープンされました。ここに、モーツァルトのハンマークラヴィアや、オリジナルの資料(楽譜や手紙など)や写真などが展示しています。(http://salzburg.info/deより意訳)

実はザルツブルグには学生時代何度か訪れていますが、生家しか行ったことなくて、こちらの住居は行ったことありませんでした。母曰くイースターの時期には写真のように木蓮が花をつけ、ピンクの住居と美しい調和を生むそうです。来年、ザルツブルグ訪問予定なので、こちらの住居と生家は必ず訪れたいです。

今年の夏はウィーンでモーツァルトが住んでいた家、そしてベートーヴェンの家を訪れ、シューベルトが最後を過ごした家の前まで行きました(休館日でした。涙)。シューベルトの生家もウィーンにあるのですが、一緒に行動していた友人と「生まれた家ももちろん興味あるけど、やっぱり作曲家人生を歩んできた最後に過ごした家気になるよね。」と意見が合致して訪れたのに、二人して無念でなりませんでした。ウィーンに住んでいたときは、作曲家の跡を辿ることが本当に身近にできる場所にあったのですが、近すぎるとそれがどれだけ貴重な機会で、数十年後に約9000キロ離れた日本から想いを募らせることになろうとは当時の私は思いもしませんでした。

そういえば、ザルツブルグから送られたきた葉書には「音大生時代、どれだけこの地(ザルツブルグ)に憧れの気持ちを抱いたことか」とありました。私のウィーン留学のチャンスが巡ってきたときにスルーせず、キャッチして行動に移す原動力となったのは、この母の学生時代からの憧れの気持ちにあったのかなとふと思いました。

ちょっと話逸れましたが、作曲家の住まいを訪れて、彼らが生活した空間に身を置いて使っていた生活用品を見たり、窓の外に目をやりそこから作曲家も眺めたであろう景色を眺めたり、実際に彼らが書いた手紙や楽譜を見ることができるということ。それは、日頃平面的な楽譜上から作曲家の作品を紐解いてる私からすると、住んだ家というのは立体的に感じれる場所なので存在がぐっとリアルになるというか、まるで作曲家がそこらを歩き回り、食事をして、音楽をして、生活しているのが見えてくるかのような錯覚を覚える場所なのです。

次回は、ウィーンの中で幾度か引越しをした中で現存して見学できる唯一のモーツァルトのお家について少し書こうと思います。

Mozart KV321 in C 主日への晩課

モーツァルトがザルツブルグで最後に作曲した作品

Performers: Barbara Bonney, soprano; Elisabeth von Magnus, alto; Uwe Heilmann, tenor; Gilles Cachemaille, bass; Arnold Schoenberg Chor; Concentus Musicus, conducted by Nikolaus Harnoncourt.

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